自分を知る、知ってもらう ~個人レベルでできる安全への取り組み~
滋慶医療科学大学院大学
准教授(博士・人間科学)
石松 一真
私たちは、外界から目標に応じて獲得(知覚)した情報を解釈(認知、判断)し、行動を選択します(詳しくは、提言シリーズ⑧を参照してください)。このような人間の情報処理能力には限界があるため、注意機能が働き、行動の目標に応じた情報の取捨選択を行っているのです。
注意には、複数の情報の中から処理すべき特定の情報を選択する際に働く選択的注意、目的と関係のない情報の処理や不適切な行為を抑える抑制機能、2つ以上の対象や課題を並行して処理する際に働く分割的注意など、様々な機能があります。
目標を実現する上で重要な役割を担っている注意機能のことを、私たちはどの程度理解しているのでしょうか?
残念なことに、私たちは注意機能のことを正確には理解できていないようです。例えば、私たちが瞬間的に注意を配ることができると思い込んでいる空間的な範囲は、実際に注意を配分できる範囲よりも広いことが分かってきました(Kawahara, 2010)。また、空間内に生じた変化は、その変化が大きいにもかかわらず、私たちが思っている以上に見落されやすいことも明らかになっています(Levin et al., 2000, 2002)。これらの知見は、私たちが自己の注意能力や注意の状態を過大評価しやすいことを示しています。
安全の問題を考える上では、自己の特性を自覚し(自己認識)、状況に応じて適応的な行動をとること(自己調整)が重要となってきます。昨今問題となっている高齢運転者の交通事故に関する研究では、自己認識や自己調整が交通事故の防止を考える上で重要な要因の一つとなっていることを示唆する結果が報告されています(Freund et al., 2005; Ishimatsu et al., 2010)。例えば、夜間視力や注意機能の低下など運転に関わる諸機能に生じる加齢変化の自覚(自己認識)の有無は、夜間運転を控えたり車間距離をとったりするなどの対処行動をとるか否かの判断(自己調整)にも影響を与えます(Dawson et al., 2010; Ishimatsu et al., 2010)。このように自己の認知特性を認識し、行動を自己調整する際には、メタ認知が重要な役割を担っています。
自分自身の思考や認知過程についての思考であるメタ認知は、自分固有の認知傾向(特性)や課題の性質が認知に及ぼす影響、あるいは方略の有効性についての知識にかかわる「メタ認知的知識」と認知過程や状態のモニタリングやコントロール、調整にかかわる「メタ認知的活動」の2つの側面を有しています(三宮, 2008)。
メタ認知の誤りを防ぎ、注意をはじめとした自己の情報処理能力の正確な理解を高めることは、人間が中心的な役割を担っている「医療の安全」を実現する上でも重要なことだと思います。医療場面においては、交通場面と同じような対処行動をとることは難しいかもしれません。しかしながら、自己の特性を正しく理解し、さらには同僚とその特性を共有することができれば、エラーの発生自体を防止することはもとより、発生したエラーをチームとして連携して検出し、修正し得る機会を増やす可能性が期待できるのです。
今日、明日から個人レベルでできる安全への取り組みとして、まずは人間の情報処理能力の制約に関する知識を身につけ、「自分を知る」ことから始めてみてはいかがでしょうか。
重要ポイント
- (1)人間の情報処理能力には限界がある。
- (2)注意機能をはじめとした情報処理能力の正確な自己理解が重要である。
- (3)今日、明日から個人レベルでできる取り組みから始めよう。
滋慶医療科学大学院大学
准教授(博士・人間科学)
石松 一真 (いしまつ・かずま)
プロフィール
1974年生まれ、鹿児島県出身。1997年早稲田大学人間科学部卒、99年同大学大学院人間科学研究科修了(修士・人間科学)、03年大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得、04年学位取得(博士・人間科学)。
独立行政法人産業技術総合研究所特別研究員、東京医科歯科大学難治疾患研究所神経外傷心理研究部門助教、独立行政法人労働安全衛生総合研究所任期付研究員などを経て、11年より本学准教授。
著書に「脳とこころの視点から探る心理学入門」(共著、培風館、2011年)、「エピソードでつかむ老年心理学」(共著、ミネルヴァ書房、2011年)、「認知心理学」(共著、有斐閣、2010年)ほか。