役割分担における専門性とキャリアマネジメント
滋慶医療科学大学院大学
専任講師(保健学博士)
笠原 聡子
医療の高度化と少子高齢化による社会構造の変化に伴う疾病構造の変化、さらに社会経済的背景による医療福祉ニーズの増大と質的変化など、医療を取り巻く環境は大きく変化しています。このような状況下で質の高い安全な医療提供を実現するためには、必然的に業務量は増大し、現状の医療供給体制では限界があります。
医療サービス供給量を増やす対策としては、サービスを提供する各医療専門職の増員があげられますが、社会経済的理由によりそれは容易ではありません。また、専門性の高い職種であればあるほどその教育・研修に時間を要するため長期的対策としては有効ですが、経済的時間的理由から現実問題難しいと言えます。医療ニーズが増加するスピードが早く、需要のピークに間に合わない可能性があります。
そこで、育成期間が長く、コストも高い専門職について限られたマンパワーで増加した需要量に見合うサービスを提供するためには、各専門職種間の業務分担の再編と新規職種の参入が必要であると考えられるようになりました。医師業務のうち事務作業補助目的では、平成20年診療報酬改定から医師事務作業補助者(医療クラーク)の導入が始まりました。また診療補助目的では、より高度で幅広い特定の医行為を含む看護業務を提供する「特定看護師」の導入が検討されています。さらに、これまでは医師の指示のもとトップダウンで進められてきた患者へのケア提供を、各職種の専門性をそれぞれが発揮することで補完しあい、さらに相乗効果により、よりよいケアを目指すチーム医療が推進されてきました。
医師業務の一部をその他の職種に委譲するということは、本来は医師に集中していた患者ケアに関する方針の決定権とその結果に対する責任をも同時に委譲することを意味します。もちろん、現行の法体系の中では一概にそうとも言えず、患者へのケア提供は現在も医師の包括的指示のもと進められていますが、心理的負担の分担という意味では医師の過重軽減効果として機能していると考えます。
医師の診療補助目的として間接的効果を期待したものには、看護師の業務負担軽減目的で、環境整備やベッドメーキングなどの民間業者への委譲といったPFI(Private Finance Initiative)事業や平成22年診療報酬改定から始まった急性期病院における看護補助者の増員などの対策があります。
ここで重要になるのが委譲する業務内容の検討と教育研修体制の整備および委譲する職種への業務裁量のバランスです。特に、仕事における裁量(コントロール感)は仕事の質とやりがいの形成に関係してきますが、医療安全の観点からは慎重にならざるを得ない点でもあります。
看護補助者への看護業務の委譲について見てみますと、看護協会は看護補助者の業務範囲の例として、①生活環境(室内環境整備、リネン類の管理など) ②日常生活(身体清潔、排泄、食事、移送など) ③診療に関わる周辺業務(検査・処置伝票類の準備、診療に必要な用具の準備片付けなど)―をあげています。このうち移送などは看護師との共同作業となり、問題が生じた場合には看護師に報告することとなっています。移送以外の業務は病棟内で実施されることから看護師確認までのアクセスは短時間で可能ですが、移送業務においてはそうはいかないことからインシデント発生と重度化の可能性が高くなってきます。特に急性期病院ではこのようなリスクが高いことが予測されるため問題は深刻となります。
専門教育を受けていない一般職への業務委譲については、その業務プロセスにおいて専門的臨床判断ポイントが生じる可能性のある業務を委譲するためには、採用後の教育研修体制の充実が必須となってきます。看護協会は看護補助者の教育のあり方についてもいくつか見解を示していますが、具体的な内容は各病院にまかされています。看護補助者は看護ケアチームの重要な構成メンバーであることから、今後はさらに、医療安全と職務ストレスの観点からのエビデンスに基づき、委譲する業務内容と教育研修内容の整備を検討していく必要があると思われます。また、質の高い医療ケア提供の実現には看護補助者のみならず医療クラークなど新規に雇用された一般職に対するキャリアマネジメントの観点も同時に重要となってくると考えます。
重要ポイント
- (1)医療における業務分担と専門性
- (2)一般職への医療安全教育
- (3)一般職へのキャリアマネジメント
滋慶医療科学大学院大学
専任講師(保健学博士)
笠原 聡子 (かさはら・さとこ)
プロフィール
1969年生まれ、兵庫県出身。1992年千葉大学看護学部卒、看護師・保健師免許取得。94年同大学修士課程修了。虎の門病院看護師、大阪大学医学部助教、高知大学医学部助教を経て、2011年大阪大学大学院医学系研究科修了(博士・保健学)。11年本学の専任講師。著書に「これからの看護研究-基礎と応用―(第3版)」(ヌーヴェルヒロカワ、2012年)「看護研究の進め方 論文の書き方(第2版)」(医学書院、2012年)など。
研究活動としては
○ 医療職者の業務調査及び業務分析方法論の提唱、特に業務プロセス評価について検討している。
○ 本学では「リスクマネジメントにおける電子カルテログ情報の利用可能性」や「医師事務作業補助者による電子カルテ診療情報代行入力に関する分析」などの指導を分担している。
「ゆっくりでも着実に前に進んでいく」ことを心がけており、趣味は読書、音楽・映画鑑賞。