医療安全のための行動分析
滋慶医療科学大学院大学
准教授(博士・看護学)
飛田 伊都子
医療現場において安全な医療を提供するためには、医療の質的向上が大切なことはご存じのとおりです。そのために、医療従事者は常に細心の注意を払って業務を遂行しています。しかし、残念ながらエラーは跡を絶ちません。
エラーの発生要因の一つとされるのがヒューマンエラーです。人は、なぜエラーを起こすのでしょうか。エラーを起こす人はエラーを起こそうと思って起こすわけではなく、不可避的に起こってしまうことがほとんどです。
この課題に取り組むためには、人の行動を支配している原理を知ること、さらに人の行動を変える(変容する)効果的な方法を知ることが極めて重要になります。その方法として、人の行動と環境の関係を追及する行動心理学の一学問領域に「行動分析学」があります。行動分析学とは、米国の心理学者・スキナー(B. F. Skinner)のオペラント条件づけの体系を土台として発展し、行動は環境の関数であるという立場に立脚しています。この応用は、日常場面をはじめ臨床領域に至るまで広く有効性が確認されています(Miltenberger, 2008)。
行動分析学の基本原理は「三項強化随伴性」と呼ばれ、SD-R-SRで表され、SDは弁別刺激、Rは標的行動(オペラント行動)、SRは強化刺激を意味します。ある標的行動に後続して強化刺激が随伴した結果、その標的行動の生起頻度が増加したり、減少したりといった変化がみられた場合、これを強化と呼び、強化刺激に先行する刺激を弁別刺激と呼びます。
これらの用語だけを聞くと難解な印象があるかもしれませんが、医療現場における看護師を取り巻くシンプルな場面にこの原理を当てはめてみると容易に理解できます。例えば、新人看護師A氏は、担当する患者さんの状態を上司である看護師B氏に報告する必要がありますが、つい怠ってしまうことがあるとしましょう。患者さんの微細な変化等に気付きにくい新人看護師にとっては重要な業務なのですが、このようなことが続けば患者さんの変化を見逃してしまい深刻な問題に発展する可能性があります。
そこで、看護師B氏は、ある日、報告にきた新人看護師A氏に対して「よく報告してくれたわね」と笑顔でほめました。すると、新人看護師A氏は報告することを怠らないようになりました。この場合、患者さんの状態を報告するという標的行動が強化されており、看護師B氏が弁別刺激であり、ほめられること(言語的に賞賛すること)が強化刺激に該当します。
このように、弁別刺激や強化刺激を操作することによって標的行動であるオペラント行動が強化されることが可能になるのです。これからの医療安全研究には、人がなぜそのように行動したのかを分析すること、そしてその行動と環境との機能的関係を特定するための分析が基軸になると考えています。
重要ポイント
- (1)医療安全のためには、人の行動を理解する
- (2)人の行動と環境の機能的関係を検証する
- (3)看護職者に求められる実証研究
滋慶医療科学大学院大学
准教授(博士・看護学)
飛田 伊都子 (とびた・いとこ)
プロフィール
1969年生まれ、長崎県出身。93年山口大学医療技術短期大学看護学科卒、看護師免許取得。99年オーストラリア連邦ニューカッスル大学看護助産学部卒、02年シドニー大学大学院看護助産学研究科修了、09年大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻統合保健看護科学分野修了(博士・看護学)。11年本学准教授。
03年鳥取大学医学部保健学科助手、05年京都大学医学部保健学科非常勤講師、08年同大学人間健康科学科非常勤講師、09年滋賀医科大学医学部看護学科非常勤講師、10年スイス連邦工科大学組織・労働科学センター客員研究員。
著書に「ナーシング・グラフィカ(13)健康の回復と看護・脳神経・感覚機能障害」(メディカ出版、2005年)ほか。