医療安全と財務の密接な関係
滋慶医療科学大学院大学
准教授(博士・経済学)
田中 伸
医療安全と財務の関係は薄いようですが、実は非常に密接になってきています。このことは国の財政問題とも関係しています。ご存知のように、現在わが国の財政問題の深刻さは経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最悪の1つとなっています。
具体的には、国を1つの家計と見立てて、収入に当たる一般会計歳入総額は平成24年度予算案で90.3兆円余り。そのうち、公債金収入が44.2兆円と49%を占めています。租税収入が42.3兆円で46.9%、その他の収入が3.7兆円で4.1%となっています。つまり、借金でおよそ支出の半分をまかなっていることになります。
それに対して、家計における支出にあたる歳出の内容を見ますと、社会保障費が26.3兆円で29.2%となり他を抑えてトップとなっています。それとは別に医療保険からの保険金の支払いも、実際には国民が負担しており、年々膨れ上がってきています。ちなみに、平成20年度のデータでは、医療費総額が34.8兆円となっています。
このような財政危機に陥って、財政の健全化を達成するためには、「いかにして医療の支出を抑制するか」が不可避の問題となっています。2年ごとに改正される医療保険支払いの点数も、ほぼ毎回引き下げの方向で推移しています。
結果として平成17年度から、医療費の伸びはなだらかになっています。しかし、その努力にもかかわらず医療費の増大は止まっていません。これには、いくつかの問題がありますが、最大の問題は言うまでもなく社会の高齢化にあります。
また総務省の別の資料を見ますと、人口に占める高齢者の割合が急激に増えているのに対し、15歳から64歳の働き手世代の人口割合が減少しています。
この流れの中で、これまでのような『医療の聖域的な扱い』はもはや望めず、医療者が安全性などの取り組みを達成するのにも、「医療の経営的な安定性や効率性」が必要となってきています。しかし、これまで医療職者の間でどれほどの経営的学習が成されていたのでしょうか。
医療従事者に聞いてみますと、研修は受けたことがあるという答えがしばしば返ってきます。しかしながら、詳しくその内容について質問しますと、基本的な財務の読み方をわかっていない場合があります。ここでは、簡単な医療財務について考えてみましょう。
医療財務といっても実は一般の企業財務とさして違うものではありません。提出される財務諸表は貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書の3つです。これらの財務諸表について、以下に簡単に説明しておきます。
1 貸借対照表
組織の期末時点における財産表的なもので、向かって左側(借方)に財産目録、右側(貸方)にその調達源泉【組織外部からの借り入れか、自らの所有(寄付や出資も含める)かで分ける】を記す。
2 損益計算書
組織の年間の損失もしくは利益を計算するもので、1年間の業務を中心とした組織の経営成果を表す指標となる。
3 キャッシュフロー計算書
現金収支を損益とは別に開示することで、組織の現金の流れと現状をつかみやすくすることを目的とした財務諸表のこと。
そのうち貸借対照表とキャッシュフロー計算書については、一般の企業との差異はそれほどありません。問題となるのは、損益計算書です。一般の企業と最も違うのは、経常業務において発生するものに関しては、収益と費用を別々に計算してそれぞれ集計し、計算することにあります。
つまりは、企業会計における経常利益を計算する過程において、売上高から始まり営業外収益を加えて経常収益とし、対する売上原価販売費及び一般管理費さらには営業外費用を加えて経常費用として、その差額を経常利益とすることになります。そこから臨時のものを加減して最終的な利益を求めるところは、一般企業と同じです。
そのほか運営費交付金の扱いも通常の企業とは異なり、交付金を受けると負債処理し、通常業務の中で必要に応じて交付金収益として処理したり、建物の減価償却分を戻入処理とします。
以上のような違いを踏まえなくてはなりませんが、基本的には企業財務とできるだけ親和性がとれるように工夫されています。まずは一般企業の財務で学習されることをお勧めします。
重要ポイント
- (1)巨額な医療費をいかにして抑制するか
- (2)医療安全には病院経営の安定・効率化が必要
- (3)医療財務のマスターを
滋慶医療科学大学院大学
准教授(博士・経済学)
田中 伸 (たなか・しん)
プロフィール
1977年立命館大学経済学部卒、99年龍谷大学大学院経済学研究科博士前期課程修了、01年立命館大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、05年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(博士・経済学)。龍谷大学、立命館大学、徳島文理大学などで講師を務め、11年本学准教授。著書に「日本型MOT」(共著、中央経済社)他。