MAIN MENU

戻る

No.10
生命遺伝子発現のフェイルセーフ機構について

生命遺伝子発現のフェイルセーフ機構について

滋慶医療科学大学院大学
教授(医学博士)

礒橋 文秀

生命機能上で、“安定性”や“頑強性”(不具合に強い)の多くは縮重(degeneracy; いろいろな異なる成分が、同じまたは似た働きをする能力)機構によるところが多い。以下、遺伝子暗号を例にその機構を解説します。『生命現象の安全弁』のひとつの例となります。

細胞核内の遺伝子はDNA分子に存在します。全DNA(ゲノムという)は2万2千種類ほどの遺伝子DNAを含んでいます(筆者はその内の2種類を発見しました)が、そのゲノム中の遺伝子DNAは5%以内の少数派です。残りの95%以上のDNAの意義は完全に解明されていません。

遺伝子DNAの遺伝情報は4種類の塩基(A,G,C,T)で構成され、塩基配列中に遺伝子情報を保存しています。遺伝子の塩基配列に基づいて、メッセンジャーRNA(mRNA)に転写(transcription)されます。さらに、このmRNAの塩基配列にあるに遺伝暗号(全生物に共通)に基づいてタンパク質がつくられます。この過程を翻訳(translation)と言います。

mRNAのもつアミノ酸配列(タンパク質の一次構造)に対する情報に準じて、アミノ酸(20種類)がtRNA(アミノ酸を運搬するRNA)によって1個ずつ運ばれてきて、リポソーム顆粒上でペプチド結合によってつながれています。すなわち、タンパク質が形成されます。mRNAの遺伝暗号はA,G,C,Uの4種類の塩基の組み合わせよりなり、連続する3つの塩基配列が1つのアミノ酸の情報を規定します。塩基の3つの塩基配列をコドンと言って、64個あります。アミノ酸は20種類なのでコドンは20個でこと足ります。

しかし、トリプトファンとメチオニンは、それぞれ1種類のコドンUGGとAUGしか持ちませんが、他の18種類のアミノ酸は2個以上のコドンから成ります。最も多いのはアルギニン、セリン、ロイシンのアミノ酸で、各々6種類のコドンで幅広く守られています。全体から見ますと、ほとんどのアミノ酸が複数のコドンを持っており、このような遺伝情報の“縮重”が、塩基置換反応変異や誤翻訳に対してフェイルセーフとなっていると言えます。

だが、これが生物の翻訳過程のフェイルセーフ機構の1つなのか、単なる生物進化や生物の多様性の偶然の結果なのか、さらに、何故トリプトファンとメチオニンのみが多重防護設計になっていないのか、未だ解明されていません。

重要ポイント

  • (1)生命システムの多重防護・安全弁
  • (2)フェイルセーフ機構
  • (3)縮重機構が安定を確保
遺伝暗号表
UUU:フェニルアラニン UCU:セリン UAU:チロシン UGU:システイン
UUC:フェニルアラニン UCC:セリン UAC:チロシン UGC:システイン
UUA:ロイシン UCA:セリン UAA:終止 UGA:終止
UUG:ロイシン UCG:セリン UAG:終止 UGG:トリプトファン
CUU:ロイシン CCU:プロリン CAU:ヒスチジン CGU:アルギニン
CUC:ロイシン CCC:プロリン CAC:ヒスチジン CGC:アルギニン
CUA:ロイシン CCA:プロリン CAA:グルタミン CGA:アルギニン
CUG:ロイシン CCG:プロリン CAG:グルタミン CGG:アルギニン
AUU:イソロイシン ACU:トレオニン AAU:アスパラギン AGU:セリン
AUC:イソロイシン ACC:トレオニン AAC:アスパラギン AGC:セリン
AUA:イソロイシン ACA:トレオニン AAA:リシン AGA:アルギニン
AUG:メチオニン、開始 ACG:トレオニン AAG:リシン AGG:アルギニン
GUU:バリン GCU:アラニン GAU:アスパラギン酸 GGU:グリシン
GUC:バリン GCC:アラニン GAC:アスパラギン酸 GGC:グリシン
GUA:バリン GCA:アラニン GAA:グルタミン酸 GGA:グルシン
GUG:バリン GCG:アラニン GAG:グルタミン酸 GGG:グルシン

礒橋 文秀 画像

滋慶医療科学大学院大学
教授(医学博士)

礒橋 文秀 (いそはし・ふみひで)

プロフィール

1941年生まれ、大阪府出身。1967年大阪大学医学部卒、68年医師資格取得。72年大阪大学大学院医学研究科博士課程修了、同年米国オハイオ州クリーブランド市ケース・ウエスタン・リザーブ大学医学部・生化学研究員、81年から同大学医学部での講師を経て、94年聖マリアンナ医科大学医学部教授、2007年同大学客員教授。11年本学教授。
日本生化学会、日本分子生物学会ともに評議員。著書に「医学を学ぶための生物学人体の機能10章・内文泌系」(南江堂、2004年)他。

バックナンバー一覧へ