安全な医療は看護職の手で
-ベッドサイドケアの充実が基本-
滋慶医療科学大学院大学
教授(医学博士)
土屋 八千代
看護職が関与する医療事故は、日常生活援助や医学的処置・管理に関するものが多く、統計的に同じような事故が繰り返されています。更に、看護職の9割が医療ミスやニアミスを経験しています。
看護職はこれらの原因として、①多忙 ②知識・技術不足 ③疲労(人員不足)と考えています。①と③は関連がありますが、人員が増加すれば解消するのかと問えば、答えは「No」でしょう。②については個人として研鑽を積めば一部は対応可能かもしれません。
しかし、全診療科を対象に希望の有無に係わらず異動がある看護職は、全ての行為にパーフェクトに対応できるわけではありません。事故は個人的要因(人間の特性)と組織的要因(エラーを起こしやすい環境)との相乗結果として起こると言われています。非常にリスクの高い環境に身を置いているのが看護職です。
このため事故を未然に防ぐには、①まず看護職個人が有資格者として責任(生命を預かる重さ)を実感し、看護専門職としての素質・能力の研鑽が望まれます。そして、②それを推奨する教育的環境と看護職の労働環境の改善、並びに設備・備品の安全性保証など、安全文化を醸成する職場環境の整備が急務です。
では、今論議されている「特定看護師(仮称)」(注参照)が登場すれば医療安全は担保されるのでしょうか? 私の答えは「No」です。看護は対象(患者)の安全・安楽・自律(自立)を目指す援助が基本ですから、もっと患者さんのベッドサイドケアを充実させて、対象者が自身で安全管理が出来るような支援が必要なのです。
医療現場の看護職は一生懸命なのですが、何故か患者の側から離れているように思えてなりません。特定看護師(仮称)の誕生はそれを助長しそうで怖いのです。特定看護師(仮称)に看護の責務として何を期待するのか。【看護の原点】から熟考すべきなのでしょう。もっと患者さんの側に行って、しっかり目と顔を見て話を聴いてほしい。ベッドサイドケアの充実は安全な医療の提供に繋がります。多忙な現実の中で「安全な医療の提供を看護職の手で担保できる」方策を考え、見出し・実践していくことが現在の看護の課題だと考えています。
重要ポイント
- (1)看護職の責務とは
- (2)ベッドサイドケアの充実を
- (3)看護の原点を追究
(注)特定看護師(仮称)
厚生労働省が「チーム医療推進」「医療の効率化」の観点から、「特定看護師(仮称)」の導入を進めている。医師に代わって、投薬の変更・中止、手術前後の人工呼吸器の管理、傷口の縫合-など一部の医療行為を行う。5年以上の臨床経験を有する看護師が2年の教育課程を受講することが条件とされているが、医行為の分類と教育内容等については審議中。「医師の負担が多少軽減されたとしても、看護師の負担が増大する」など、かえって「リスクが大きくなる」として、反対論も広がっている。
滋慶医療科学大学院大学
教授(医学博士)
土屋 八千代 (つちや・やちよ)
プロフィール
1945年生まれ、福岡県出身。1973年下関看護専門学校卒、看護師免許取得。79年八幡大学(現九州国際大学)卒、85年日本看護協会看護研修学校(看護研究科)卒、93年国立公衆衛生院研究課程(現国立保健医療科学院)卒、01年日本大学大学院総合社会情報研究科修了(修士・人間科学)、02年昭和大学で学位取得(博士・医学)。
85-87年タイ-日本看護教育プロジェクトでタイ国赴任、90年聖母女子短期大学助教授、95年山梨県立看護短期大学(98年山梨県立看護大学)看護学部教授、01年宮崎医科大学医学部看護学科教授(03年宮崎大学)などを経て、11年本学教授。著書に「魂にふれるケア」(看護の科学社、95年)「看護事故予防学」(中山書店、02年)、「苦手克服8事例看護研究」(日総研、07年)他。