医療安全とストレスマネジメント
准教授滋慶医療科学大学院大学
専任講師(保健学博士)
笠原 聡子
医療者は患者さんにとって安全で安心な医療を提供するために、診療に際して最大限の努力を心がけています。ベストパフォーマンスを提供することは当然ですが、人間ですので常にベストコンディションというわけにはいきません。従って、医療者として自分のコンディションを整えることは非常に大切なこととなります。
さて、医療者の心と身体の健康は自己管理のみで維持できるものでしょうか。医療の高度化にともない、業務ストレスを感じている医療者の割合は年々増えています。警察庁の統計によりますと、1998年以降、年間3万人を超える自殺者のうち、2011年は9000人近い約27%が被雇用労働者であり、そのうち医療者は366人と専門・技術職の中で最も多くなっています。
また、過重労働による過労死やバーンアウト(燃え尽き症候群)による離職などが社会問題となるなか、働く人のメンタルヘルス対策や過重労働対策は労働者の自己責任ではなく、事業者の社会的責任であると考えられるようになりました。
WHO(世界保健機関)が提唱するヘルスプロモーションでも重視されていますように、「個人の健康は、健康な公共政策に基づく健康を支援する環境の創造」が基盤となります。メンタルヘルス対策としては、厚生労働省が2006年に策定した「労働者の心の健康の保持増進のための指針」において、これまで以上に企業の努力義務が強調されるようになりました。
この指針の中では、メンタルヘルスケア対策の役割分担を次の4つのケアとして、示しています。
重要ポイント
- (1)セルフケア
- (2)ライン(労働者の管理監督者)によるケア
- (3)事業場内産業保健スタッフ等によるケア
- (4)事業場外資源によるケア
ストレスマネジメントというと、①のセルフケアがクローズアップされがちですが、②や③、それを支える制度や環境整備が組織的対策としては最も重要となります。また、個人情報保護のためにも中立性を保つ④のケアも大切です。①以外は後回しにされがちですが、セルフケアを実現するためにも不可欠なことから、本来最優先で着手すべき領域であると考えます。
患者さんやそのご家族の心と身体の健康問題に寄りそう立場にある医療者だからこそ、彼らの健康管理を自己責任とするのではなく、医療施設の管理者や管轄行政が責任を持つことにより意味があるのだと思います。
医療者の健康を支援する環境の創造は「医療安全への布石」であり、喫緊の課題と言えます。
准教授滋慶医療科学大学院大学
専任講師(保健学博士)
笠原 聡子 (かさはら・さとこ)
プロフィール
1969年生まれ、兵庫県出身。1992年千葉大学看護学部卒、看護師・保健師免許取得。94年同大学修士課程修了。虎の門病院看護師、大阪大学医学部助教、高知大学医学部助教を経て、2011年大阪大学大学院医学系研究科修了(博士・保健学)。11年本学の専任講師。著書に「これからの看護研究-基礎と応用―(第3版)」(ヌーヴェルヒロカワ、2012年)など。