医療廃棄物の適正処置と感染防止
滋慶医療科学大学院大学
教授(工学博士)
林 壽郎
わが国における先進医療技術の進展は目覚しいものがあり、それに伴って医療機器材料は量・質の両面からも飛躍的に伸びてきました。当然のことですが、医療関連機関等から排出する医療用廃棄物も膨大となり、内容も多種多様に及び、臨床現場における医療安全管理の立場からも軽視できない状況になっています。
特に感染性の観点からその取扱いには厳重な注意を要するものが多い。医療施設内において廃棄物を適正に管理することは、単に種々の疾病の感染を防止するだけでなく、患者をはじめ医療スタッフ及び医療廃棄物を取扱う作業者の安全を確保することになります。医療施設から排出する医療廃棄物の減量努力はコスト削減の点からも極めて重要な課題です。
医療廃棄物全般の分類(図表1参照)を示します。ここで、特に注意すべきことは、一般に非感染性廃棄物でありながら血液や体液が付着したというだけで、感染性廃棄物として取扱われることです。病院経営の面からは、処理コストの増大という問題になります。
そこで、今回は、医療用材として医療施設内で所定の役目を果たした後の産物である医療廃棄物の取扱いについて、項目別に主な注意点をまとめてみました。
a) 医療廃棄物の分別・保管の適正化
施設内での医療廃棄物の分別区分としては、①感染の可能性による分別(図表2参照) ②液体、鋭利物、固体などの形状による分別 ③リサイクルの可能性による分別―などが挙げられます。
その他、分別場所の選定では、施設内での臨床現場と事務系を明確に区分することが必要です。回収容器の適切な選定では、「使い捨てか再利用かによって容器の消毒滅菌を考慮する」、「感染防止のためには耐破損性や密封性能などが要請される」、「回収容器には廃棄物の中身が容易に判別できるような明確な色彩や形態を使い分ける」、「各現場で発生した医療廃棄物を施設内の最終集積所に集積するまでの部門毎の一時保管場所の選定を徹底する」-などの必要があります。
b)医療スタッフへの啓発・教育
医療廃棄物の適正分別を継続するためには、何よりも日常的な医療スタッフに対する教育啓蒙活動が重要となります。そのためのマニュアルを作成して、新人職員に対する定期的な教育の実施も忘れてはなりません。
c) 医療廃棄物の専門処理業者への委託
医療施設内から最終的に集められた医療廃棄物は、現実的には施設内での償却処理が困難となり、専門処理業者への委託となります。集積所までは専門回収業者が引き取りに来ますが、回収業者との密接な打合せが大切になります。
さらに、安全性確保の観点からも、集積所は十分な換気設備を備えること、廃棄物の移し替えが不要となる回収容器で業者に引き渡せるように事前の準備をすること等の配慮も必要となります。最も重要な点は、排出事業者責任を遵守し、不適正処分を防止するために、委託する処理業者を厳正に選ぶことです。
d)医療廃棄物の適正処理における問題解決策
医療廃棄物の適正処理が現代の臨床現場において最も基本的な課題であることは医療安全管理の立場からも明白であります。今後は、医療担当者だけでなく、医療機器材料メーカー、廃棄物収集運搬業者、処分業者および関連する行政機関との相互にわたる緊密な連携による新たな医療廃棄物処理法の制定と、啓蒙・教育活動の推進が必須となるでしょう。
医療廃棄物の適正処理に関する当面の課題としては、①従来の廃棄物処理法からの準用ではなく、医療廃棄物に特化した「医療廃棄物処理法」の制定②感染性医療廃棄物の分別・梱包・表示の徹底のための教育指導と法規制③医療廃棄物取扱者の健康管理④適正処理の必要経費確保のための行政的支援の創出(保険点数化など)⑤医療廃棄物処理のための専門家を育成し、公的な資格認定(個人資格としての取扱免許)として、早急に「医療廃棄物処理士(仮称)」の国家資格認定の策定⑥医療廃棄物に関する安全教育と啓発を医療専門家だけでなく、患者および一般国民を交えて展開する、などが挙げられます。
このように多面的な課題を早急に解決することが重要であることは言うまでもありませんが、究極的には行政による公的な立場からの関与と指導がない限り、医療業界全体の認識を高揚させることは困難であることを強調しておきます。
医療廃棄物に関して
重要ポイント
- (1)分別及び処理業者の適正化
- (2)新たな法制化と資格認定の制度化
- (3)医療スタッフへの啓発・教育
【医療用廃棄物の分類】(図表1)
分類 | 内容 |
一般廃棄物 | 可燃性廃棄物 不燃性廃棄物 特殊廃棄物(装置、器械等) |
感染性廃棄物 | 生体組織・臓器等(可燃) 外科手術後の刃物類(不燃) 可燃性ディスポーザブル医療用品 不燃性ディスポーザブル医療用具 可燃性化学系・薬剤系廃棄物 不燃性化学系・薬剤系廃棄物 |
有害化学廃棄物 | 可燃性化学系・薬剤系廃棄物 不燃性化学系・薬剤系廃棄物 爆発性廃棄物 |
放射性廃棄物 | 一般液体・固体廃棄物 病理系放射性廃棄物 |
【感染性の判断基準】(図表2)
① 廃棄物の形状
○ 血液など ○手術などに伴って発生する病理廃棄物
○ 病原微生物に関連した試験・検査などに用いられたもの
○ 血液などが付着した鋭利なもの
○ 体外循環を行うディスポーザブル器具
⇒該当すれば、「感染性廃棄物」
② 廃棄物の発生場所
感染症病床、結核病床、手術室、緊急外来室、集中治療室
検査室において、治療検査などに使用された後、排出され
たもの
⇒該当すれば「感染性廃棄物」
③ 感染症の種類
○ 感染症の一類、二類、三類感染症、指定感染症
新感染症並びに結核の治療・検査などに使用さ
れた後、排出されたもの
○ 感染症の四類及び五類感染症の治療・検査などに
使用された後、排出された医療機材
⇒該当すれば「感染性廃棄物」
以上のプロセスに該当しない場合は「非感染性廃棄物」となります。
このフローで判断できないものは、医師により感染の恐れがあると判断される場合は「感染性廃棄物」として扱われます。
滋慶医療科学大学院大学
教授(工学博士)
林 壽郎 (はやし・としお)
プロフィール
1939年生まれ、滋賀県出身。62年大阪府立大学工学部卒、67年京都大学大学院工学研究科修士課程修了、73年工学博士、京都大学医用高分子研究センター助教授を経て、94年大阪府立大学附属研究所教授、00年同大学先端科学研究所長、11年から本学教授。
主な研究は「医療用生分解性高分子に関する研究」、「人工生体組織(医療用材料)に関する研究」などで、「生体材料の基礎と応用」で日本バイオマテリアル学会賞(2000年)を受賞。
日本接着学会の学会長を務めるなど、高分子学会、繊維学会、米国化学会、日本医療機器学会など多数の学会で活躍。現在は「医療材料に関する教科書」づくりに取り組んでいる。