腎臓(沈黙の臓器)と医療安全
滋慶医療科学大学院大学
副学長・教授(医学博士)
折田 義正
患者さんが、検査を受けたり、お薬を投与された際に副作用が出たり、手術の後、回復が遅れたりで、かえって病状が悪くなることがあります。これは、医療安全管理の観点からは勿論問題で、患者さんの「QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)」を低下させてしまいます。この原因の一つに、患者さんの腎臓の働き(腎機能)を十分調べずに、お薬を投与したり、検査、手術を行ったことが挙げられています。
腎臓病の中でもネフローゼ症侯群の場合は「むくみ」、急性腎炎や腎・尿路結石症の場合は「血尿」といったように、症状が表面に出ますので、一般の人でも分かります。しかし多くの場合、尿の異常は一般の人には判断できません。定期健診の尿検査で尿蛋白(-)の場合でも、腎機能が低下している例があることが分かって来ました。腎臓の働きが悪くなっても、自覚症状は余り出ません。腎臓はいわば沈黙の臓器なのです。
これは、血圧が少し高い人、痛み止めの薬をよく服用する人、腎・尿路異常、感染のある人、耐糖能異常(糖尿病前段階)の人、肥満者の人などによく見られます。今、わが国には、このような人が成人の約13%もいて、無症状に過ごしていると推定されています。このような人が血管造影剤、抗菌薬、抗癌薬等の投与、緊急手術等を受けると、腎臓の働きがさらに低下し、全身の状態が悪くなります。
腎臓の働きは糸球体濾過量(GFR=1分間に腎糸球体から濾過される尿の元になる量=正常な人では1分間に約100ミリリットル)で示されます。GFRは健康保険が適用されているイヌリンクリアランス(Cin)で測定することが標準の方法ですが、この検査には時間等がかかります。そこで、(社)日本腎臓学会は、多数例でイヌリンクリアランスと、採血だけで測定できる血清クレアチニン(Scr)を同時に測定し、血清クレアチニン値と性、年齢からイヌリンクリアランスを推定できる式を作りました。これを「推定GFR(eGFR)の式」と言います。
図はこれを簡易に求める計算図表です。例えばここに示すケースは、
1) 30歳の男性で、血清クレアチニン値=3.0ミリグラム/デシリットルの場合
推定GFR(eGFR)は1分間に22ミリリットル
2) 30歳の女性で、血清クレアチニン値が同じ値なら、推定GFR(eGFR)
が1分間に16ミリリットル
となります。どちらも「正常の1分間100ミリリリットル」の約五分の一の値で、食事療法・生活上の注意は当然で、場合によっては人工透析の準備が必要です。手術、投薬には、勿論慎重な注意が必要です。
この図表はeGFRが1分間60ミリリットル以下という腎臓の働きが低下している場合に、正確な値に非常に近い値を推定するので便利です。血清クレアチニン値は特定健康診査(メタボ検診)の検査項目にはないので、最近はX線造影検査、指定の薬剤投与の前に、必ず血清クレアチニン値を測定し、推定GFR(eGFR)を求めます。腎臓と医療安全の臨床も進歩しています。
重要ポイント
- (1)薬剤投与、手術前には腎機能検査を優先
- (2)腎機能低下時は安全上の配慮が必要
- (3)推定糸球体濾過量計算図を活用
滋慶医療科学大学院大学
副学長・教授(医学博士)
折田 義正 (おりた・よしまさ)
プロフィール
1935年生まれ、鹿児島県出身。1961年大阪大学医学部卒、医師資格取得、65年同大学大学院医学研究科修了(医学博士)、76年フランス共和国CNRS留学、78年滋賀医科大学第三内科助教授、85年大阪大学医学部第一内科助教授、93年同大学医学部保健学科検査技術科学専攻教授、95年同大学医学部保健学科長、99年名誉教授、甲子園大学栄養学部教授・学部長、2005年大阪滋慶学園顧問、11年本学副学長・教授。
ベルツ賞1等賞、日本腎臓学会優秀論文賞等受賞。日本腎臓学会名誉会員、日本臨床検査医学会功労会員
著書:「腎機能(GFR)・尿蛋白測定の手引き(編集代表)」(東京医学社、2009年)他