最善の医療を求めて
滋慶医療科学大学院大学
教授
津田 紀子
近年の医療安全管理の動向では、システムの問題に焦点を当て様々な分析方法が開発されています。確かにヒューマンエラーを個人の責任にしてはならないということで、その背景にあるシステムの問題を分析することは重要なことです。しかし、エラーを起こした個人は、その経験から立ち直り、学び成長するという過程を辿っているでしょうか。
「リフレクト」という用語の意味は、過ぎ去ったことに光を当てるように振り返り、心に描かれたことを呼び戻したり表出したりすること。すなわち注意深く考えることや黙想することであり、新たな知識や選択肢の増加など状況に応じた対応の幅が広がるという概念が含まれています。
リフレクション(思考のプロセスとしての省察)は意図的で構造的な思考の仕方であり、経験から学ぶためのツールです。私は、これを安全管理の領域に導入することで、医療の実践が真の意味で患者サイドに立った「より良い実践」になることを確信しています。
では、具体的に安全管理の領域にどのように導入できるでしょうか。私は数多くの枠組みの中から、「経験を吟味し自己の気づきを促進し、自己の思考や行動のパターンを批判的に分析し、さらに否定的感情を肯定的感情に変え、新たな学びを構築し、次の経験に創造的に生かすという成果を設定する枠組み」(注参照)が最も適していると考えています。
このプロセスの中で、安全管理の関連要因である個人の知識やスキルの問題、ノンテクニカルスキルの問題を明確にし、今後に向けての肯定的な学びを確立することができます。そして、個人の自己啓発と成長に寄与するような新たな課題を引き出すことが可能になるでしょう。同時にシステムの問題についても明らかにすることができ、さらなる成果が期待できます。
安心・安全な医療とは「最善の医療の実現」であり、それを達成できるのは「省察的思考能力を持つ実践家」です。そのような実践家を育成するために、平素からの実践教育および安全管理教育へのリフレクションの導入が必須であると考えています。
(注)J.Deweyが1938年に経験主義哲学を基盤に提唱し、D.SchonやD.Kolbらが次々に専門家教育に導入している。今回引用したのはD. Boud, 他の「リフレクション:経験の学びへの転換」と題する著書(Reflection:Turning Experience into Learning: RoutledgeFalmer.1985)による
重要ポイント
- (1)リフレクション(省察)の導入
- (2)経験からの学びの構築
- (3)省察的思考能力を持つ実践家の育成
滋慶医療科学大学院大学
教授
津田 紀子 (つだ・のりこ)
プロフィール
1941年生まれ、高知県出身。高知女子大学家政学部衛生看護学科(現高知県立大学看護学部)卒業(看護師・保健師免許、小学校・中学校教員免許取得)。米国オレゴンヘルスサイエンス大学大学院修了(看護学修士取得)。職歴は臨床看護師経験の後、兵庫県立厚生専門学院、奈良県立医科大学附属看護専門学校、神戸大学医療技術短期大学部、神戸大学大学院医学系研究科博士課程、宮崎大学医学部看護学科を歴任し現在に至る。主な著書に「看護における反省的実践」(ゆみる出版、2005年共訳)、「リフレクションのエビデンス」(臨床看護、2006年共著)、「リフレクションとは何か」(看護研究、2008年共著)他。